やるせない心

言うにいわれぬ淋しい、

やるせない心をジッとつなぎとめる力は、

信仰よりほかにはない。

ほんとうの情愛

夫婦愛だけでなしに、というものは、

兄弟愛も主従の愛も、友達の愛も人類愛もおなじものであって、

自分がつくさなければ、

自分が世話をしなければ生じるものではない。

お互いが世話をし合うところに愛情は生じてくる。

それをよく知っていなければだめである。

棄て身

真に棄て身になることができさえすれば、

世の中に恐いものは一つもない。

結局はこうなる

自分で、うまい具合に言い訳の理屈をつけて、

人間というものは利己を行なうものだ。

しかし、大局から見れば、みな、なるままになって行くまでだ。

正当な評価が出来ない人

利己観念の強い人ほど、

物ごとを正当に公平に価値づけることができない。

彼らはつねに自己というものを、

その中へ取り入れている。

世間のせまい者ほど自己を知らない。

人間の「時」はそうではない

春夏の季節(とき)は絶対に人間の干与(かんよ)をゆるさないが、

人間の「時」はそうではない。

努力いかんで、精神的乳児の境界を切りぬける時間は

ひじょうな相違がある。物質的には、順所の変化即時間であるが、

精神的には変化と時間とは正比例しない。

努力ひとつで

数多い変化を瞬間になすこともできれば、

一変化、一進歩に

無限の時間をついやすこともできる。

えらい人

つき合ってみて、

なんとなく威圧を感じるような人は、

自分よりえらいのである

ますます栄え輝く物とは?

いくら得ても、ちっとも他人の妨げにならず、

しかも、自己はこれによって

ますます栄え輝いてゆくのは、

徳と知識と技術である。

祖先

地獄に落ちた祖霊(それい)などは、

子孫の善徳によって、たちまち中有界(ちゅうゆうかい)に昇り進んで天国に上ることを得るものである

苦しむ人の実情

世の、苦しんでいると称する人々の実情を見るに、

その九分九厘までは、いずれも自分で自分をしばっているのである。

やっていることに無理があるのである。

物質論からでは

その主観はどこから来るか。

現代の学者は遺伝と経験とから来るといっている。

なるほど、これはある意味において正しい。

が、この遺伝はどうして起こるか。

これは、単なる生理現象の研究からのみではどうしても分からない。

生命の起来(きらい)という問題は、物質論からでは明らかにゆき詰まりである。

思うこと

思うことは生ずることである。

思うことを省みなければならない。

思うことがきたなければ、

生ずるものもまたきたない。

思うことが清ければ、

生ずるものもまたきよい。

源がすまなければ、末も澄むことができない

失意と天国

罪の種は得意のときに蒔かれ、

天国へのハシゴは失意のときに造られる。

孤独

この世においても、

あの世においても、

孤独ほど刑罰はない。

手を引き合って

しかし、よく考えてみれば、

自分の兄弟を苦しめることは、

自分を苦しめることである。

人はどこまでも手を引き合ってゆくのでなくては、

自分ひとりが幸福になろうと

あせったところでだめである。

手数がかかっただけ愛を生じる。

静かなるは据(す)わりがよいからである。

愉快な世の中

真に自己を投げ出すことさえできたら、世の中は愉快なものだ。

あてにならないもの

人間の期待ほどあてにならないものはない。

しかもわれわれは、このあてにならない期待をあてにして、

知らず知らずの間にこれに執着しているから、

いったん、その期待が裏切られた場合には、

以前の執着に比例して狼狽と苦悩を受けることになるのである。

幸せな生き方

『人生はお互いに思い思われて、なつかしく、ありがたく感じ合うところに本当の幸福がある。』