自分自身でさがし求めて、
つぎつぎに経てきた世界内ならば、
たとえ、どんなまぎらわしい場所におかれても、
ゆうゆうと適宜(てきぎ)の方向を見いだすことができ、
狼狽することなしに、安全地帯に出ることができる。
しかし、他人によってさがしもとめ、
つくりあげられた世界の真ん中へ、
突然、ぽつんとおかれたとすればどうであろうか。
案内人が来てくれないかぎり、
彼は確実に迷い児になる。
自身をもって、足一歩をふみ出すこともできない。
これは、にせの、仮メッキの表面の知や信を、
一時によそおっているにすぎないからである。